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ブルーシフト

自分の世界だけでいいから平和でありますように

うえうえ↓うえ

 ここ数日、人生の降り返りばかりしている気がする。ターニングポイントが近いのと、ちょっと疲れているせいだろうか。

 

 おぎゃおぎゃしてた頃はよかった、自然に囲まれ周りは高卒ばかり。祖母世代になると高校にも行っていないし(学歴厨ではない方)、母親などは大学に行くのも少し渋られたらしい。現代の大学院博士課程に進学を渋る親、と言ったところであろうか。あの世界はあの世界で楽しかった。山を登り、川で泳ぎ、魚を取り、泥団子を作り...。子供たちは川の傍に道具を持ち寄り、木を切りトンカチを打ち付け、トタンを被せて秘密基地を作った。その中で食べるお菓子は大変おいしく、ゲームボーイも一味違う輝きを放っていた(ゲームボーイに輝く機能はないが)。そして台風が来て、それらを攫う。今だけを生き、将来への漠然な不安すら抱いていなかった。

 僕は左肩が抜けやすい体質で、何度も母親に病院に連れていかれた記憶がある。もう結婚してしまったYくんが百日紅の木から落ちてあらぬ方に腕を曲げたときに「羊燻のママよんできてーー!!羊燻のママなら治せるけぇ!!」と幼い僕に言い放った。なるほどなるほど確かに!流石Y君だ!腕を折っていて尚冷静な状況判断・・・。こんな感じで危険な毎日を過ごしていた。実際なんで今生きてるのか怪しい。

 

 最近気が付いたのだが、僕は何かをまとめる才能がないらしい。読むのも書くのも好きだが話題があっちに行ったりこっちに行ったりする。ひとたびスライドを作ればボコボコに校正されるし、書いたブログを数日後にまた読むと何と読みにくいのだろう…としょんぼりする(これも何回も言ってる気がする)。このブログを通して少しでもそんな技術が身につけばいいなとか思っている。

 

 そういえば明日からTOKYOに行く、もう手慣れたものなので感動も何もないが。オフ会もやり過ぎてる相手と会うと「おー、やっほ」みたいな大学ですれ違ったとき並みの感想しか出てこない。慣れってのは悲しいもんですね・・・。

 慣れは大事な機能だと思う。でもなんとかオンオフできないのだろうか。このままじゃ感情を失くしてしまいかねない。オンオフできない代わりに付いた機能が忘却なのだとしたらそれもそれで欠陥な気がする。どうなってんだ神様!? かと言って忘れたい記憶は黒カビのごとく頭にこびり付いちまっている。僕などは12月に女に振られたのだが、今でも時々思い出して悲しくなる。新たな恋を見つけたときに忘れられるのだろうか・・・恐ろしい・・・。思えば面白い振られ方だった。いや、流石にここには書かないが、まぁ面白かった。一つだけ言わせてもらうと美しい絶交をしている。このセンテンスから既に面白さが滲み出ている事は分かって頂けると思う。

 

きょうはよくねむれるといいな

 ではまた。