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ブルーシフト

自分の世界だけでいいから平和でありますように

瓶ラムネ

 夏がまた過ぎて、秋が来た。小さいころは祭囃子や蝉時雨でドキドキしていたものだが、この年になると暑さに駆り立てる材料でしかない気がする。と言うよりそもそも外に出ないので聞くことが少ない。家庭を持てば、また楽しむことができるだろう。

 僕の地元には自然が多く、曾祖母の家付近などには大型車が通ることは絶対できないであろう(普通車もがけ下に落ちそうで危ない、と言うか落ちた事例がある)土の道がまだ残っている。野焼きも未だに行われているような田舎だ。曾祖母はいつも三ツ矢サイダーと千円札をくれた。とても厳しい人であったと祖母から聞かされているが、僕の思い出の中には優しい曾祖母しかいない。身近な死を初めに教えてくれたのも曾祖母だった。

 やはり、家族と言うものは大切で、曾祖母が居なくなってしまったあとは親戚の集まりがうんと減ってしまった。鮎を川で取って、みんなで焼いた夏はもう来ないだろう。こういう経験を出来ている自分は幸せだと思う、今度は自分が主体になって開催する側になりたい。

 なぜこんなことを言い出したのかと言うと、夏休み途中で親戚との集まりが久々にあった。ある大きな表彰を親戚が受けたのでそのお祝いと言うものだった。そしてその時の写真がデータで僕の手元にも届き、つい懐かしいことも思い出してしまった。

 夏休みに本気で作った秘密基地、台風時にみんなで守ったこと、手掴みで魚を捕っていて死にかけたこと、秋には栗を拾って持って帰り母親に栗ご飯にしてもらった記憶。「まさしく」な思い出が沢山ある。これでも僕はインドア派と呼ばれていたから田舎とはすさまじい。

 

 親戚で思い出したが、上の話は全て母方の話である。父方の親戚は遺産やら相続やらの問題で大いに騒いだらしく、もう10年くらいは親戚らしい親戚の話を聞かない、ウケる。家系的にしっかりしているところはどこもこんな感じなのだろうか、本家だの分家だの長男だの次男だの。かなりしょうもないと思う、仲良くすればいいのにね。今では他人事であるが、僕の名前も危うくその家系(笑)に縛られるところだったらしい。父親はかなり今時な人間なので付けたい名前を押し通したらしい・・・グッジョブである。祖父は祖母と好きでもないのに結婚したのにも時代を感じる。祖母はソレに相当ショックを受けて孫にまで話している・・・ええのか。。。

 彼女欲しいですね。

ではまた。