ブルーシフト

大学院生の幸せな日々

縦糸

 (自分の中で)欠伸が出るほど単純で当たり前の物事に対して否定するようなコトが起こった場合、たいていの人が嫌悪感を示すのではないだろうか。知らなければ「あぁ、そういうものなんだな」と、すんなり受け入れられるのに、知っているがゆえに、知っているつもりがゆえに「変化」を嫌ってしまう。

 常識経験と言うものは厄介で自分を助けるツールにもなるが、鎖のように自分の感性を縛ってしまうこともある。何重もの色眼鏡をかけていたせいで視野は真っ暗、と言うことになりかねない。だからと言って経験なしではブレイクスルーもあり得はしないし、結局はバランス・・・(しょーもな)。

 

 そう言えば曽祖母が100歳を迎えた。100年生きるということはどういう感覚なのだろう。大正5年生まれ、なかなかに力を感じる。

 歴史の教科書をペラペラとめくった感じだけでも激動の只中に曾祖母はいたことになる。大正5年と言えば戦車が生まれた年らしい、古すぎてイメージがわかない、もうよくわからない。曾祖母は僕のことももうわからない。

 お祝いの席が設けられたらしいので正直自分も行きたかった。2年前既に自分のことはわかっていなかったがお世話になりまくっているし…。痴呆とはいえあの忘れられる感覚は何度体験しても辛いものがある(と言うか最近それ関係の話をし過ぎではないか)。

 

眠い終わり。

ではまた。