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ブルーシフト

大学院生の幸せな日々

生き物を飼いたくないという感情

 自分の実家には生き物が3匹いる。最古参はカメで名を「ゴン」と言う。いつから飼っているかは謎であるが、ハンターハンターから僕が名付けたので大体10歳くらいなんじゃないかと思う。

 後は猫と犬だ。二匹とも同時期くらいに来て、母親曰く「○○(僕)○○(妹)もいなくなると寂しいから。」と言っていた。

 僕は生き物を飼うと言う行為に対してかなり抵抗がある。動物は大好きだし実家に帰ったら誰よりも散歩に連れていく、道端で生き物を見かけるとつい目で追ってしまう。しかし、わざわざ自分の近くに家族を増やして、いつか来る、しかも早い…分かっている悲しみをゆっくりと待つのはどうしても耐え難いのだ。

 昔ハムスターを飼っていて、ソレを失くしてしまったのは3年後だったが、、、小学生ながらなんとあっけない、短い命なんだろうと思った。

「○○が大切に育てたから長く生きたのよ。」

 母親のこんな励ましも、ならどうしてもっと生きなかったのか。と言う気持ちにしかならなかった。

 当然、長くても3年しか生きることができないことは知っていたし、弱り始めた頃から「もうすぐいなくなってしまうんだろうな。」と言う感情があったことは記憶にある。

 これは一種のワガママであり、死と折り合いを付けられない自分がまだ子供であるのかもしれない。得たものは大きいし、失くしてしまったからと言ってそれまでの美しい記憶が無くなるわけではない。ただ、この最期の感情を進んで味わうのはゴメンなのだ。

 

・1月28日

 午前中に何とか目を覚まし、図書館へ。後輩と勉強会の予定だったが寝坊したみたいなので先日先輩から勧めて頂いた「シュレーディンガーの猫がいっぱい」という本を読んでいた。

 ↑表紙の猫がキュート。

 まだ半分くらいしか読んでいないが、結構面白い。この1年間で「電子は粒子性と波動性を持つ」という量子力学の基本は割と心身にとって異物感のないものに出来たが、この本が主張する「多世界解釈」については「言いたいことは分かる」が「納得は出来ない」に落ち着いた。あと半分読めば腑に落ちるのだろうか・・・。

 自分にとっては未だコペンハーゲン解釈の方が気持ちがいい。これは自分が工学を専攻する人間だからなのか、それともアホなだけなのか・・・。多分後者。

 「多世界解釈」と言う名前からはぽんぽん色々な世界が生まれているような(後は世界がいくつも存在してたり、これはこれでかっこよくて良いよね)感じがしていたが、本を読む限り、一つの世界に対していくつもの状態が重なっている、閉じている・・・。みたいな印象を受けた。

 これ以上何かを言うとぼろが出る(もう出ている気がする)ので多くは語らない。

 

・研究

 発表スライドの構成が上手くいかない・・・。5分の中で言いたいことを簡潔に、かつ分かりやすく述べるのが難しすぎる。明日までに完成させたかったが、怪しくなってきた。日曜は部屋の四隅をぼーっと見つめていることが多いので。

 

ではまた。