ブルーシフト

大学院生の幸せな日々:日記、雑記、読書録

(そのような発想は難しいですか)

自己分析を「自分の限界値を知る行為」と言った知人がいた。

なるほど、意識はしていなかったが確かにそうであろう。自分が何に合っているか、自分が何をしたいのか、という「自己分析」はとうの昔に過ぎた段階だ。なんなら後(入社後)から本当についてくるのではなかろうか。

「何に合っているか」は特に、深く考えてはいけない(あえて、いけないとする)ことであろう。見ず知らずの人間に対して「彼の顔と声は○○さんに似ているし、仲良くなれると思う」と言うことに近いのではないだろうか。

企業は、平均自分の倍以上生きた人間の集合体であり、かつその集合体はパーツを付け替えながら更に倍生き延びているような生き物として見なせそうだ。

そんな経験値が段違いの生き物と対峙したとき、その浅い人生からくる経験則でフィットするか否か、明確に定まろうはずもない。そうでなくても上司ガチャや倒産チャレンジなどランダム要素を含むのだから入る前から合っているかどうかなど胡椒の粒ほど頭の隅においておけばいいのだ。

 

その点就活生である筆者は無意識ながらも「自分の限界値を知る自己分析」を行えていて幸運だったと思う。

それを実証するがごとく、受けている企業は軒並みCore30・Large70(肩書きを求める人間、もしくは本当に優秀な人間はここら辺を受けるらしい)などには所属していない。そう考えると第五希望以外は全落ちの大学受験から成長しているようである。身の程を知ったのである。

 

とは言え私は未だに内定ゼロの就活生。この肩書を求めない私の就活(と信じている)のロジック・分析の真偽は数か月後にはっきりとするであろう。スペックを企業の要求値(もしくは見込まれるポテンシャル)に擦り合わせることが就活の成功となることを願い、記事の結びとする。